このブログは、管理人さくら♪一信徒(日蓮正宗)によるものであり 内容の一切については宗教法人・日蓮正宗とは無関係です.

2015年10月27日

顕正会員、獅子吼さんコメントより。

顕正会員、獅子吼さんよりコメントを頂き、動画も記載下さったので記事とさせて頂きました。

<コメント原文>
偉大なる無二の師匠・浅井先生の元へ
無敵の教学力、プレゼン力、指導力、話術をお持ちになられる偉大な無二の師匠・浅井昭衛先生のご指導を真剣に聞きましょう!

無二の師匠・浅井先生は難解な日蓮大聖人の仏法を、現代に生きる私達に非常にわかり易く、熱くご指導くだされています。

私は、生きている間に無二の師匠浅井先生と冨士大石寺顕正会に出遭えた事を、心から喜んでおります。
そして、無二の師匠・浅井先生のご指導がすべての人の生きる勇気、力となることを確信しております。
私に出来ることは、浅井先生と顕正会の素晴らしさを一人でも多くの皆様にお伝えすることです。


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獅子吼さん、コメントを有難うございます♪

さて、獅子吼さんは現役顕正会員のようですね。

記載下さった動画見ました。
『日蓮大聖人の仏法 折伏理論解説書講義ー1 とあり、
(第1〜8章、付(つけたり)宗教批判の原理)』

どうやら、折伏理論書というものの講習会ですね。
気になった浅井さんの言葉を書き出しました(赤文字)

折伏理論書は
仏法に無知な現代人を3代秘宝に導く案内書」になっているようです。
しかしそれは
日蓮正宗によって全部準備が整っている
そうですね、全ては日蓮正宗にあるものですからね。

全てのことはもう御書に解かれています御書に解かれていないことは一つもないんですね。
ただ、私達の読み方が悪いだけなんです。


確かにそうだと思います、残念ながら浅井さんも読み方は我見でしょう。

そこに日寛上人様が御書の解説を下さった。
直ちに現代人に三大秘宝を分からせる。

では、三大秘宝とは?
・本門の本尊(各末寺・家庭の御本尊様)
・本門の題目(文底秘沈の南無妙法蓮華経)
・本門の戒壇(富士大石寺御安置の戒壇の大御本尊様)
この3つが揃って三大秘宝になるんですよね、全部揃っているところは日蓮正宗のみで顕正会にはありませんが・・

そういうような事は御書に全部出ている、御書をずうっと拝読しては、凡夫では分からないから日寛上人の御指南をまた頂くんです。御書を拝読して日寛上人の御指南をいただき日寛上人の御指南を見ては御書を拝読する。
その御書が顕正会に無いから、折伏理論書を作成したのでしょう。
でも御書でなければ全部はわからないんですよね?
また、凡夫では分からないから日寛上人(猊下様)の御指南を拝するんでしょう。

そして、最後には、何度も読んで夜中でも自分で思いついたことをまとめたのが折伏理論書との説明でしたが、
要は大聖人様の御書の解説をして下さった日寛上人の言葉をまとめただけ・・現代人に分かりやすくとは言うけれど、分かりやすく解説下さったのは日寛上人であるわけですよね?

しかし、浅井さんは「凡夫では分からないから日寛上人の御指南をまた頂くんです。御書を拝読して日寛上人の御指南をいただき日寛上人の御指南を見ては御書を拝読する。」と言うのですから、浅井さん(凡夫)が日寛上人の解説をまとめてもそれだけでしかないと思います。

浅井さんの弁舌は素晴らしく早すぎて流されそうになりますが、じっくり聞くとやはり矛盾があるんですよね。
多分、顕正会の人は浅井さんの御書学が全てだから分からないと思いますが、浅井さんは僧侶でも無いので御法門解釈は不完全です。
だから日寛上人様から学んだのは良いけれど、所詮在家は在家なんですよね。。

顕正会も創価学会も血脈否定するけれど、三大秘宝が揃った場所で法を守り、一日たりとも欠かさず丑寅勤行をされ広宣流布を願われ、戒壇の大御本尊様の厳護と令法久住する日興上人様より続く猊下様の役割を果たす僧侶にのみ血脈は流れゆくから決して途絶える事がないんですよ。
極端な話、日蓮正宗自体が日興上人様から続いている法で、その時の猊下様と決まればそのように大聖人様が導いて下さるのではないでしょうか。
それを法門を教えてもらう立場の者が上から目線でものを言うこと自体凡夫の儚さと思います。

浅井さん、池田さん、どんなに偉いかわかりません、またどんな理由をつけても本門戒壇の大御本尊様=日蓮大聖人様に御目道理が許されない者は正法への道は無いと思った方がよいでしょう。

最後に獅子吼さんへ
私に出来ることは、浅井先生と顕正会の素晴らしさを一人でも多くの皆様にお伝えすることです。

と言っておりますが、
私は、こうした間違った教えに洗脳されている皆様に日蓮大聖人様の正しい仏法をお伝えすることです。
posted by さくら♪ at 04:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 顕正会について | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

推進会で得た貴重な法話

推進会で得た貴重な法話を残しておきます。
(誤字脱字ありましたら御容赦願います)
H27年8月23日(日)
『青年部推進会より』

藤田御尊師より

折伏は実践するか否かが大切、結果は後から付いてくる

推進会で多くの青年が発表している状況はそこに信心修行の実践が有り功徳が備わる証でもある。
栃木青年部の人材育成は未来に大きな夢を開く鍵である。

青年部の皆さんこれからも明るく笑顔の挨拶で頑張っていただきたい。
青年部笑顔と挨拶を合言葉に頑張って欲しい。

挨拶とは仏法用語から来ている。仏法では挨拶は本来、上の者が下の者へ最初に挨拶することであります。
何故するかといいますと、下の者の成長を計る為です。
上の者が下の者へ挨拶した時にどう対応するかで、その人の成長が分かるそうです。

過日、私は出先で気になるポスターを目にしました。
そこには大きく「つまらない日はあってもつまらない人生はきっとない」と書かれてあり、下の方に人生は夢だらけということが書いてありました。
どこかの生命保険のフレーズにありましたが、この言葉に心を惹かれた。何度も繰り返し読みながら自分に問いかけてみました。
本当につまらない人生はないのだろうか?本当に人生は夢だらけなのだろうか。

答えは簡単には出ませんでしたが、結果的には、そう有りたいと私は思った。

きっとこれは若者に向けての呼び掛けであり、若者達の可能性を表現した言葉であると思います。
しかし大切なのは、これをいかに実現するかが問題であり、理論や言葉だけでは誰も幸せにはなれません。
今年は戦後70年という節目を迎え終戦記念日を前後して戦争に関する映画、ドキュメンタリーの番組が多く放映され少しばかり政治色の濃い傾向もありますけれども安倍内閣の押し進める安保法案もあって戦争や平和の問題を若者たちが真剣に考えることが大切であると思います。
しかし、忘れてはならないことは、狭い範囲で考えるのではなく、より多面的に多くの視点で深く物事を考えて欲しいと思います。

政治学者、丸山 眞男(まるやままさお)は日本の思想の中で自由は置物のように有るのではなく、現実の行使によってだけ守られる、言い換えれば日々に自由になることをすることによって初めて自由で有る事と書いてあります。
自由について有る事と、すること、の違いを述べているのであります。

正に平和も同様で、平和、平和と言葉だけで言うだけでは、決して平和が保証されるものではありません。
平和は言葉の上に有るのではなく、私たちが以下に行動するかで平和にするのであって、同じく小説家の芝遼太郎氏も平和憲法が平和をもたらすのではなく具体的な活動をとうして、人間が実際に動くことで達成されるもので、口だけでは決して平和は達成されないと言う趣旨の発言を残しております。

所謂理から事に変えてこそ、そこに本当の価値が生まれるわけであります。
さすれば、冒頭に申し上げました、「つまらない日はあってもつまらない人生はきっとない」という言葉は決して心理ではありません。
あくまでも心理の一面を指しているだけで、これを実現するか否かは私たち自身の行動によって決まるということをしっかりと認識していただかなければならない。
ならば、私達の行動を決めているのは一体何でしょうか?自分の振る舞いを決める方途がどこに有り何であるかが重要であります。
静岡の中村天風という人が「人生は心ひとつの置き所」という言葉を残しておりますが確かに私たちは己の言葉に従って行動しているはずであります。
手や足が自分の心を無視して勝手に動くことはありません。
良く、この手が悪いといって自分の手が勝手に悪いことをしたように言う人がいますが、そんなことはありません。
全て自らの心が指示し、納得して行動していくのが人間であります。

以前私はある雑誌で次のような記事を読みました。
松谷さんは33歳でヒロセに途中入社した。
頭は金髪、気に入らないと上司であろうとくってかかっていく、そういう社員だった。社長が社内で新たな試みをはじめようと告げた時も「何?本を読んで感想文を書く、人前で発表する?と反発、たかが汲み取りやゴミとり屋やん、なんでそんなことせにゃあかんねんと、社長に直談判に及ぶ。

社長は言ったという。私はそれがいややねん、あんたたちが自分の仕事に誇りも持てん、世間からはキツイ、危険、汚い、レベルの低い社員と思われているのが私は悔しくてたまらないんやん、そやから私は本を読む力読んで感想を書く文章力感想を人前で発表する発言力をつけて、あんたちが世間に馬鹿にされない自分の仕事に誇りを持てる会社にしたいんや、と涙声だった、社長の熱い思いは電流のように松谷さんを貫いた。
冷め切っていた心に暑い火が灯り、この社長に答えたいと思い真剣に取り組むようになった。

最初は1行2行だった感想文も今では用紙いっぱいに書けるようになったという。
最後にこう締めくくる、こんな私を見捨てずに根気よく厚い思いでまっとうな人間に導いてくれて、人を思いやる心、感謝感激感動の心を養わせてくれた社長に心から感謝致します。

3Kという仕事をやっている。危険、汚い、きつい、要するに3k、汲み取り、ゴミ収集の仕事の会社であります。
しかしこの3Kの三文字を感謝感激感動に変えたいと決意し全社員の反発に会いながらそれを果敢に実行、貫徹した女社長の姿に立党向上の精神の化身を見るのである。という記事でした

改めて私はこの記事を読んで人は心の有り様によって行動、振る舞いが変わるという事を確信いたしました。
さすれば今、私たちが信仰する大聖人様の仏法は私たちの振る舞いを決める心の命の境界を正しく変えてくれる本物の仏法ではないでしょうか。

大聖人様は崇峻天皇御書の中に「一代の肝心は法華経、法華経の修行の観心は不軽品にて候なり。
不軽菩薩の人を敬いしはいかなる心、教主釈尊の出世の本概は人の振る舞いにて候けり 穴かしこ穴かしこ かしこきを人といい儚きを畜という」と仰せになっております。
簡潔に通解してまいりますと、釈尊一代に渡る仏教の観心は法華経である、そしてその法華経の修行という点での観心は不軽品である。
不軽菩薩が人間の心には仏になれる種があるといって人々を敬ったのはいかなることであろうか。

教主釈尊が世に出現された本概は人としてどのような振る舞いを為すべきかを解くためにあったのである。
恐れ多いことながら賢く振舞う者を人と言い愚かに振る舞う者を畜生というのであると大聖人様はご指南されてるのであります。
私たちは自らの振る舞いが賢いのか否かを問われているのであります。

己の振る舞い行動が自らの人生の価値を決め境涯を作っていくのであります。
さすれば私たちは具体的に何を為すべきかどう行動するか、それは明らかであります。
すなわち御義口伝の中に大聖人様は次のように仰せになっております。
三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり。智慧 とは南無妙法蓮華経なり。信は智慧の因にして名字即なり信の外に解無く解の外に信無し信の一字を以て妙覚の種子と定めたり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と信受領納する故に無上宝聚( むじょうほうじゅ)不求自得(ふぐじとく)の大宝珠を得るなり。信は智慧の種なり、」と仰せのごとく大聖人様の出世の本懐である本門戒壇の大御本尊様に向かい一心に南無妙法蓮華経と唱えることこそ信受領納無上宝聚不求自得の経文の如く最高の功徳を我が身につけることができるのであります。

さすればおのずと自らの振る舞いが変わり行動が変わります。その結果生き方が変わり人生が変わるのであります。
つまり自分の人生をたとえ辛くつまらない日があったとしても決してつまらない人生にはしないという確信することができたならば自らが振る舞いが変わってくる。
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H27年10月14日(水)
『四者広布推進会』

嶋田御尊師より

方便品に、「もし法を聞くことあらん者は、 ひとりとして成仏せずということ無し」(方便品第二)とあります。
大聖人様はこの文を千日尼御書等多くの御書に引用をされております。

末法、今日の聞法(もんぽう)是非 耳根得道(にこんとくどう)、つまり耳から成仏をする事と言う大儀が明かされています。
我々の六根(眼,耳,鼻,舌, 身,意)まず耳根で妙法を聞く、そして耳根を通して妙法を我が身に導き入れる事において成仏が果たせる。

つまり日蓮大聖人様の仏法を信心することは、まさしく妙法を聞くということから始まるのであります。
寺院へ参詣して勉強会や会合に体を運んで例え1言1口でも大聖人様の教えを聞いて自分の耳(耳根)へ入れていくということが大切である。

次に聞いたことによりまして自分の道心、つまり信心を随喜の心を起こさなくては功徳は積めません。

仏法の話は疑いの心をもって聞くとかあるいは、揚げ足を取ってやろうとかいう気持ちで御法門を聞いても功得善根とはなりません、純心な求道の心をもって妙法の教えを耳から聞いて、そして、随喜、歓喜する時に耳根得、つまり耳から得道するという法門が開けていく。

そして、更に聞法して法を聞いて随喜した事を他の人に伝え拡めて行くことが大事であり、弘通、伝弘と言いまして、下種、折伏、教化、教導のことであります。

法華経の随喜功徳本には五十展転(ごじゅってんでん)の功徳が説かれております。
これは一人の人が次の人に妙法を伝へ次々と伝へて50番目のただ法を聞いただけの人が受ける功徳でさえも誠に大きのであるという事を明かされた経文であります。
法を伝えるという事が大きな功徳となるわけです。自分が法を聞いたその喜びを自分だけのものとしてはいけません、我々は大聖人様の教えを1に聞法、法を聞いて、2に随喜、喜んで、そして3に伝弘、伝え広めてこそ、真実の耳根得道の功徳が備わるということを知らなくてはなりません、従って様々な寺院行事に家族や支部の人と共に参加して法を聞くという事が大事であります。

そうして、子供たちが御本尊様の前で元気にお題目を唱えて、日蓮大聖人様という言葉を何度も何度も耳にするという事が、未来の法統相続の根本になると存じます。子供の時から信心を肌身に染めてあげることが最も大事であります。個人が理解できるようになってから、本人の意思で信心させるなどと言うことは一理あるようには聞こえます、しかし我が子に対して無慈悲の極みであり、未来の大きな後悔を呼ぶ元となります。

子供の未来の幸せを願うならば、今、無常宝珠ある御本尊様を法統相続させることが一番の大事です。
どんなに財産を残しましても、子供に、孫に無常宝珠の信心を育てなければ最高の宝が欠けていくことになります。
その努力もまず御講に一緒に参詣することから始めていただきたいのであります。
そして、更に我が子供の事だけではありません。自分が折伏をした人、自分の地区の人たちも、実は仏法の上からは子供なのであります。
育てて行く事が大事なのであります。ともに誘い合って法を聞きに行くことがその方々の育成になります。
どうぞ聞法・随喜・伝弘の信心に励んで参ろうではありませんか。
posted by さくら♪ at 00:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 広布推進会・広布唱題会 | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

教団勧誘で未成年大学生を誘拐の疑い 「顕正会」関係者3人逮捕

10月5日のニュースになりますが、またも顕正会の強引な勧誘が問題になりましたね。

教団勧誘で未成年大学生を誘拐の疑い 「顕正会」関係者3人逮捕!
FNNで動画が見れます。
FNN

教団への勧誘のため、未成年の大学生を誘拐した疑いで、「顕正会」の関係者ら3人が、警視庁公安部に逮捕された。
逮捕されたのは、自称アルバイト・斉藤佑介容疑者(28)と無職・小岩井 良祐容疑者(27)ら3人で、4日、東京の上野公園で、愛知県から遊びに来ていた大学生の19歳の少年に、「東京見物に行かないか」などと言って車に乗せ、板橋区にある顕正会東京会館の近くまで連れ出した未成年者誘拐の疑いが持たれている。
大学生は、車内で顕正会に入会するよう勧誘され、不安になったため、母親に連絡し、母親の通報を受けた警視庁の捜査員が、東京会館の近くで4人を確保した。
顕正会は、強引な勧誘で、たびたび問題を起こしていて…
ミミさんのHPでより詳しくどうぞ

posted by さくら♪ at 03:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 顕正会について | 更新情報をチェックする
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