このブログは、管理人さくら♪一信徒(日蓮正宗)によるものであり 内容の一切については宗教法人・日蓮正宗とは無関係です.

2016年08月13日

総本山第14世日主上人の第400回遠忌法要

8月9・10日(火・水)の2日間にわたり、総本山第14世日主上人の第400回遠忌法要が奉修され参加してきました。

夏の日差しが強くアスファルトの照り返しも暑かったですが、大木の日陰や時折に吹く風が爽やかでした。

また、約束しなくてもバッタリ会える縁ある方々との会話も嬉しく、今回で58回目の登山になりました♫

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(御影堂と奉安堂を一緒に撮影)

『第14世日主上人の御事蹟』

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日主上人は弘治元年(1555年)11月に下野国(現在の栃木県下野市)に御誕生、永禄10年(1567年)に総本山第13世日院上人の弟子となり、天正元年(1573年)、日院上人より法を付嘱され、御登座され、元和3年(1617年)8月17日に下野金井の蓮行寺にて御遷化(63歳)されました。

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日主上人は、宗祖日蓮大聖人第300回遠忌、日興上人・日目上人第250回遠忌などを奉修されたほか、重須本門寺に厳護されていた大聖人御真筆の『二箇相承』(日蓮一期弘法付嘱書・身延山付嘱書)の御書写や御霊宝虫払大法要の記録を纏められたり、遺物送り日記として詳細を残されたり総本山大石寺の図面を作成されたりと、数々の御著述を残されています。

中でも、『二箇相承』は天正9年3月に甲州・武田勝頼の軍勢に強奪されてしまいましたから、もし日主上人が御書写されていなければ、後世へは伝わらず、

「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(御書1675頁)

「血脈の次第 日蓮日興」、「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す」との重大な御教示を拝することができなかったかも知れません。
(第17丗日精上人が著された家中抄の日主伝に概略紹介されています。)
ちなみに、武田勝頼は、二箇相承強奪の翌年、織田軍によって一族もろとも滅されたそうです。

今回、日主上人400遠忌に参列することができた身の福徳に感謝し、日主上人御在世の戦国時代という激動の中で御法を尽くされたことを思い、今の私もその意を継ぎ広宣流布を願い自身の幸せと縁ある方々を下種、折伏していきたいと思いました。

下山前に、三師塔、縁ある御尊師、また日主上人へ御塔婆を建て墓参してきました。

もうすぐ菩提寺でも盂蘭盆会(8月15日)が執り行われますので、先祖供養をしっかりしていこうと思います。
posted by さくら♪ at 14:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 大石寺へ登山参詣 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さくら♪さんも参加されていたんですね。

私も参加しておりました。暑かったですが、夏場には珍しく綺麗に富士山が顔を出していましたね。

またお会い出来るのを楽しみにしています。
Posted by 桜梅桃李(トチロ〜) at 2016年08月15日 12:45
さくら♪さんも参加されていたんですね。

私も参加しておりました。暑かったですが、夏場には珍しく綺麗に富士山が顔を出していましたね。

またお会い出来るのを楽しみにしています。
Posted by 桜梅桃李 at 2016年08月15日 12:46
桜梅桃李さん、コメントだいぶ遅れてすみませんでした(^^ゞ


しばらくネットから離れて、活動していました。
またぼちぼち始めたいと思います。

日主上人400回遠忌のあと、寛師会へも参加し、次は御大会を予定しております。

お山では約束しなくてもその時々に縁が出来るから不思議ですね、支部総の時には元顕正会の御夫婦よりアドバイスを頂いたりもしました。

娘との会話も少しづつ出来るようになってきたのでますます頑張ります(笑)

こちらこそ、またお山で会える日を楽しみにしています♪
Posted by さくら♪ at 2016年10月13日 18:49
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