このブログは、管理人さくら♪一信徒(日蓮正宗)によるものであり 内容の一切については宗教法人・日蓮正宗とは無関係です.

2017年06月10日

7年目、70回目の登山記念日♪

今回(H29年6月10日)の添書登山は私が日蓮正宗へ帰依してから7年目の70回目の記念すべき登山でした♪

当日早朝2時30分に客殿にて同級生親子と3人で肩を並べ御法主日如上人猊下の大導師の元、広宣流布を御祈念する丑寅勤行のお供をさせて頂く事からスタートし朝勤行は3人で常唱堂の日寛上人様の御本尊様の前で勤め、1時間の唱題をさせて頂きました。

その後13時30分より御開扉を他支部のHさんと4人で頂き、戒壇の大御本尊様へ支部の誓願達成と一家和楽の信心では特に娘と娘の彼が正法へ帰依出来るようにと真剣に祈りました。

御開扉後、布教講演にて野中御尊師より「時に叶った信心を心がける」と題して法話を聴聞しました。

特に印象深かったのは6月10日は「時の記念日」そして、日蓮大聖人様が「選時抄」を御述作された大変意味のある日に登山された皆様方は今日この場に集まったのは偶然と思うかもしれませんが時にかなった信心をなさる方々です。

時に叶った信心とは今の時代は折伏ですと申され、更に今世は各菩提寺の御本尊様と御住職のもと共に地域の広布を願い、いかなる困難も乗り切り折伏成就して行って下さいと賜り、この良き7の数からスタートし平成33年の御命題を目指し日々精進して行く決意が高まりました♪

今日はこの「時」が忘れられない7年目、70回目の素晴らしい登山記念日でした♪
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(順妙寺御住職様メールより引用)

《時を撰(えら)ぶ》
「時の記念日」由来は、水時計。

『日本書紀』に、西暦671年、天智天皇10年の4月25日、わが国で初めて「漏刻(ろうこく)」が時を知らせたと記されていることから、大正9年(1920年)、この日を太陽暦に直した6月10日を「時の記念日」と定めたものです。

ところで、日蓮大聖人が「夫(それ)仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」(御書834頁)と仰せの『撰時抄』は、建治3年6月10日の御述作です。

「時の記念日」と『撰時抄』御述作の日が同じであるということ、不思議な因縁ですね。

総本山第26世日寛上人は、
『撰時抄愚記』に『撰時抄』の「撰」の字は、教・機・時・国・教法流布の前後の五義に通じていることを示されています。

@爾前迹門の教えを撰び捨てて法華本門の教えを選び取り、
A釈尊在世の本已有善の機根を撰び捨てて久遠元初の直機を撰び取り、
B正像2千年の時を撰び捨てて末法本門の時を撰び取り、
C権迹の流布するインドや中国を撰び捨てて法華本門の流布する日本の国を撰び取り、
D爾前権教流布の次は法華本門の大法流布の時に当たっていることを知る、ということです。

こうして末法適時の正法正義を正しく知り、広布へ向かって前進することが大事です。
posted by さくら♪ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 大石寺へ登山参詣 | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

2017年初登山♪

今年は1月1日に菩提寺での新年勤行会を終えてすぐ総本山大石寺へ向かい1日は総2坊へ泊まり丑寅勤行からスタート。

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翌2日も客殿で広布唱題会にて猊下様と共に1時間の唱題、御目道り御開扉を頂き五十塔展を見た後、友人宅に泊まるため
静岡の友人の所属寺院のバスに乗せて頂き下山しました。

バスの中では今年の決意をひとりひとりが発表し新年から意気込みに溢れた歓喜をいただけました。
友人宅で1泊し翌3日にまた御開扉を頂き下山しました。

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お正月は良い天気に恵まれ富士山の美しい姿を見ることができ良い年初めになりました。

posted by さくら♪ at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 大石寺へ登山参詣 | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

総本山第14世日主上人の第400回遠忌法要

8月9・10日(火・水)の2日間にわたり、総本山第14世日主上人の第400回遠忌法要が奉修され参加してきました。

夏の日差しが強くアスファルトの照り返しも暑かったですが、大木の日陰や時折に吹く風が爽やかでした。

また、約束しなくてもバッタリ会える縁ある方々との会話も嬉しく、今回で58回目の登山になりました♫

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(御影堂と奉安堂を一緒に撮影)

『第14世日主上人の御事蹟』

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日主上人は弘治元年(1555年)11月に下野国(現在の栃木県下野市)に御誕生、永禄10年(1567年)に総本山第13世日院上人の弟子となり、天正元年(1573年)、日院上人より法を付嘱され、御登座され、元和3年(1617年)8月17日に下野金井の蓮行寺にて御遷化(63歳)されました。

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日主上人は、宗祖日蓮大聖人第300回遠忌、日興上人・日目上人第250回遠忌などを奉修されたほか、重須本門寺に厳護されていた大聖人御真筆の『二箇相承』(日蓮一期弘法付嘱書・身延山付嘱書)の御書写や御霊宝虫払大法要の記録を纏められたり、遺物送り日記として詳細を残されたり総本山大石寺の図面を作成されたりと、数々の御著述を残されています。

中でも、『二箇相承』は天正9年3月に甲州・武田勝頼の軍勢に強奪されてしまいましたから、もし日主上人が御書写されていなければ、後世へは伝わらず、

「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(御書1675頁)

「血脈の次第 日蓮日興」、「釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す」との重大な御教示を拝することができなかったかも知れません。
(第17丗日精上人が著された家中抄の日主伝に概略紹介されています。)
ちなみに、武田勝頼は、二箇相承強奪の翌年、織田軍によって一族もろとも滅されたそうです。

今回、日主上人400遠忌に参列することができた身の福徳に感謝し、日主上人御在世の戦国時代という激動の中で御法を尽くされたことを思い、今の私もその意を継ぎ広宣流布を願い自身の幸せと縁ある方々を下種、折伏していきたいと思いました。

下山前に、三師塔、縁ある御尊師、また日主上人へ御塔婆を建て墓参してきました。

もうすぐ菩提寺でも盂蘭盆会(8月15日)が執り行われますので、先祖供養をしっかりしていこうと思います。
posted by さくら♪ at 14:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 大石寺へ登山参詣 | 更新情報をチェックする
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