このブログは、管理人さくら♪一信徒(日蓮正宗)によるものであり 内容の一切については宗教法人・日蓮正宗とは無関係です.

2014年06月25日

「御造酒」について。

「御造酒」の事が気に成り御住職様にお聞きしました。
(御本尊様の両脇に供えられています。)
大聖人様はお酒を飲まれたようですが、体を温めたりするためにも飲まれたそうです。
また、大聖人様の時代のお酒は大変貴重で高価な品であり、御法膳にお供えする御供養の意がありました。

以下は日蓮正宗の化儀一般
「信仰のしおり」の内容から抜粋しました。

第82条
・茶湯(さとう)有るべからず、唐土の法なるが故に、霊供の時も後に酒を供にすべし云云。
此の世界の風俗は、酒を以て志を顕わす故に、仏法の志をも酒を以て顕わすべしと云う意なり云々。

(解説)「茶湯」(さとう)は、抹茶・煎茶のことです。「この世界」は、ここでは日本の事です。
御本尊様には、「抹茶や煎茶」をお供えしてはいけません。
それは、中国(支那)の儀式だからです。
御霊供膳を(おりょうぐぜん)を供える時も、ご飯のお給仕の後に「酒」を献じます。
日本の風俗習慣として、喜非哀楽には酒を出しますから、日蓮正宗でも、御供養の志を酒で表します。
(信仰のしおり116頁)

2014年06月07日

「信仰のさんぽ道」より

先日、私は日蓮正宗のお葬式に行きました。

そこで、御住職様の読経に合わせ読みましたら、未入信の親族より
「迷惑だからお経を読まないでください」と皆に聞こえる大きな声で言われてショックでした。。

そもそも、日蓮正宗のお葬式で読経を共にするのは、ごく当たり前の事と思いつつ、その時は迷惑と言う言葉に尻込みし声を出さずにお経を読みました。

今思えば、前もって親族の方へお経を唱える事が、故人への供養に成る事を話しておけば良かったと反省しました。

また、お葬式についてもっと勉強しておけば良かったと思っていたところ…ミルクさんより「信仰のさんぽ道」の本を勧めて頂きまして、御住職様にお聞きしましたら貸して下さりました。
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「信仰のさんぽ道」
宮城県 三浦接道御尊師著書

寺報の『かわら版』をまとめたものと、御尊師の日々の信仰感を交えた法話や御書学と後半には付録として法話、著者寄稿文、信徒発表原稿と貴重な体験も読ませて頂きました。


読んでいて、御尊師のお父様の遺稿文や命の尊さに触れた文章では涙が出てしまいました。
また、日蓮大聖人様の信仰の在り方の中より特に大切と感じたのは
「信仰の功徳は理屈ではなく、確かな実践」と言う言葉です。

それは、日々の勤行、仏法の聴聞、御書の拝読、総本山への参詣、折伏行の一つひとつの信行が自分の未来世にとって大切な因になることを感じていくように言われており、これは私のお寺の御住職様からも日々言われている事でありました。

また、一番知りたかった、死後の世界を具体的に分かり易く書かれていました。

・四有について
輪廻転生の死してまた生まれ変わる有様を「四有」という。

・生有。中有から次の生に生まれ変わる瞬間。
・本有。生まれてから、死に至るまでの間で、生きている我々は本有。
・死有。肉体から、魂が離れる瞬間。
・中有。死んでから、次の肉体に宿るまでの期間。
(過去の生命は今世に、そして今世の生命は未来世に繋がる)

・十二因縁について
生命の流転の手がかり、人間が等しく具える性質、因果

1、無明 感知できない根本的な煩悩 大雑把に言うと欲望
2、行  煩悩によって起こる行動(精子と卵子の結合や着床)
(1〜2過去の因)

3、識  意識、様々な物事を識別する感覚が表れる。
4、名色 一つ一つの物、姿形(色は仏教で体の意) 
5、六入 感覚器官の六根が具わる、目、耳、鼻、舌、身、意
6、触  六根に対象物が触れること
7、受  6の触によって受けた感覚で苦や楽を感じる。
(3〜7現在の五果)

8、愛  7で示した受を再び味わいたい欲求「渇愛」事物や異性への欲望。
9、取  8の愛に執着する欲望。
10、有  自分の所有物になる。現在の自分ができあがる等様々な解釈がある。
(8〜10現在の三因)

11、生  6〜8を繰り返して日々生き、他の要因を伴って再び未来に生まれる。現在の三因が未来の生を受ける因となる。
12、老死 老いて死に未来も同じ。
(縁に触れながら三世に繋がる。)

以上
四有や十二因縁を通して、三世の生命を信じるか、そうでないかで我々の信仰実践や、日々の生活の在り方が大きく変わる。

日蓮大聖人様は「凡夫の愚かなところは、経論と遠い未来生のことを怖れない」(聖人御難事 1397n)と言われていますが、私も日蓮大聖人様の信仰をするようになってから三世の生命を知る事になり、生命の因の意味も教えて頂けて有り難い事です。

仏教で教える死者が次の生を受けるまでの過程を
『十王経』『十王讃歎抄』と言う書き物にあるそうです。
文中には、「極悪・極善の者には中有はない」と書かれており、信仰上、極端に悪い事をした人は死して直ちに地獄へ堕ちるとあるから恐ろしい。

冥土の旅の様子が回忌ごとに裁判形式で表現されていて現実社会の裁判に似ているが、現実社会にない苦しみを伴う内容であり、死後の世界で裁判所へ向かう間には、もう死んでいるのに何度も生死を繰り返す苦痛は容赦ないです。

しかしそんな中での唯一の救いは親族の正しい供養でしかないとありました。
このことからも御塔婆の供養が大切になっているのが分りますね。

法要の大事も生前の自身の行いが、全てを決める事は、後悔先絶たずでしょうから、悔いの無い信心をしなくてはならないと痛感しました。

・中有の旅-死より初七日忌迄
・初七日忌から二十七忌への旅
・三十七日忌への旅
・四十七日忌への旅
・五十七日忌への旅(閻魔王)
・六十七日忌への旅
・四十九日忌への旅
・百か日忌への旅
・一周忌への旅
・三回忌への旅(結審)

ここまで私的に要点を纏めてみましたが
日忌への旅の詳細や他の素晴らしい内容は、本をお読み頂けたらと思います。

日蓮正宗の信仰に興味のある方は、アクセスくださいm(__)m
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2013年05月16日

『御法主日如上人猊下御指南』

 昨今の騒然とした国内外の状況を見ると、
例えば、地震がいつ来るのかとか、国外との関係がどうなるかとか、

あるいは諸外国では色々な所で悲惨な事件も起きております。

そうしたなかで、今、我々がなすべきこと、
なさなければならないことは何か。

仏法の鏡に照らして考えたときに、
立正安国論の原理に従って言えば、
それは折伏以外にないのであります。

『宗門は今、折伏を面に出した戦い
を続けております。
御承知の通り、平成二十一年に
「七万五千名大結集総会」を開きましたが、
それまでは、宗門は主に結集を中心にした戦いをしてまいりました。
もちろん、結集だけではありません。

「みんなで折伏をして結集しよう」という
ことでしたから、単なる結集だけではなく、当然、折伏の指導もあったのです。

 しかし、七万五千名大結集総会の以降に
おいては、今度は、折伏を面に出した戦いを
しているわけであります。』

ですから、各支部、一人ひとりが
折伏を念頭に置いて、
つまり自行化他の信心を念頭に置いて
精進をしていくことが、今は必要なのです。

ここにいる皆さんが、一人ひとりが
自行化他の信心に励む、折伏に励む、
『立正安国論』の御聖意に照らして
折伏を行じていくことを決意して、
明日から起き上がることが大事ではないかと思います。

 これだけの方々が、本気になって
折伏に起き上がれば、
その波及は驚くほど広く、深く浸透していくものであります。

 物事というのは、まず初め、
一人が起き上がることが大事なのです。
これは、大聖人様の御化導がそうでありました。

大聖人様は『諸法実相妙』に、
 
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と
唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり」
(御書六六六n)と仰せであります。

今日の私達の折伏の在り方について、
このように大聖人様がお示しになっていることを思えば、

私達はこの折伏ということに対して、
本当に真剣になって起き上がっていかなければならないと思います。
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